【配偶者の遺留分請求】自宅と生活資金を守るために

はじめに──「配偶者の遺留分請求」が問題になる典型シナリオ
3億円、5億円、10億円と資産規模が大きくなるほど、
「残された配偶者の生活をどこまで守るか」 は、相続実務の中核テーマになります。
しかし現場では、次のようなケースが少なくありません。
- 遺言で「ほぼ全財産を長男(後継者)へ」と書かれていたため、配偶者の生活資金が不足し、遺留分請求に踏み切らざるを得なかった
- 事業承継のために自社株を後継者に集中させた結果、配偶者には「わずかな預貯金しか残っていない」
- 再婚・前妻の子とのあいだで、後妻(現配偶者)が強い不安と孤立感 を抱えている
本記事は、
- 被相続人(亡くなった方)の配偶者
- または、配偶者への配慮と事業・資産防衛を両立させたい資産家・ファミリー側
を対象に、
「配偶者の遺留分請求」をめぐる法律的ポイントと、
富裕層特有の“実務の落とし穴と対策”
を、できるだけ平易な言葉で整理します。
遺留分の基本と、配偶者の法的ポジション
遺留分とは何か──「最低限の取り分」を守る仕組み
遺留分(いりゅうぶん) とは、被相続人がどれだけ偏った遺言を書いていても、
一定の相続人に「ここまでは最低限、もらえる」と法律が保障している“保険”のような権利です。
2019年の民法改正以降は、
「遺留分侵害額請求権」=お金で請求する権利
として整理されており、原則として「金銭の支払い」を求める仕組みに一本化されています。
遺留分を持つ相続人の範囲と、配偶者の位置づけ
遺留分を主張できるのは、法律上、次の人たちに限られます。
- 直系卑属(子・孫など)
- 直系尊属(父母・祖父母など)
- 配偶者
逆に言えば、兄弟姉妹には遺留分はありません。
配偶者は常に相続人になり得る立場であり、
遺留分権利者としても最も重要なプレイヤーの一人 と位置づけられます。
配偶者の法定相続分と遺留分のイメージ
遺留分の割合は、
「相続人全体としての遺留分」×「各人の法定相続分」
で計算します。
ざっくりしたイメージは以下のとおりです。
- 配偶者だけが相続人
- 法定相続分:100%
- 遺留分:その1/2 → 全体の1/2
- 配偶者+子(1人でも複数でも)
- 全体の遺留分:相続財産の1/2
- 配偶者の法定相続分:1/2
→ 配偶者の遺留分割合:1/2 × 1/2 = 1/4
- 配偶者+直系尊属(親など)
- 全体の遺留分:相続財産の1/2
- 配偶者の法定相続分:2/3
→ 配偶者の遺留分割合:1/2 × 2/3 = 1/3
つまり、配偶者は常に「最低これだけは確保できる」ラインを持っている ことになります。
配偶者が遺留分を請求する典型パターン
子どもに偏った遺言があるケース
例:
「全財産を長男に相続させる」
「妻には、既に十分に財産を渡したので何も相続させない」
このような遺言があると、
- 自宅名義も全て長男
- 預貯金もほとんど長男
- 配偶者には、当面の生活費にすら不安がある
という状態になり得ます。
この場合、配偶者は
「遺留分侵害額請求」 によって、
最低限の金銭的保障 を求めることができます。
事業承継・自社株集中パターン
オーナー経営者のご家庭で多いのが、
- 自社株のほぼ全てを後継者(長男など)へ遺贈・相続させる
- その結果、遺産の価値の大部分が「自社株」に偏る
というケースです。
配偶者の側から見ると、
- 株式は売却しづらい
- 配当方針は後継者に握られている
- 生活費確保の見通しが立ちづらい
という不安が生じ、遺留分請求を検討せざるを得ないことがあります。
再婚家庭・前妻の子と配偶者が対立するケース
- 前妻の子どもたち
- 後妻(現配偶者)
- 事業資産・不動産
が絡むと、感情面の対立が非常に強くなりがちです。
「先妻の子どもにほとんどの財産を渡し、後妻には最低限しか残していなかった」
といったケースでは、後妻が 遺留分を“最後の防波堤”として行使 する場面も珍しくありません。
内縁・事実婚との違い──「法律上の配偶者」かどうか
注意すべきなのは、遺留分を主張できるのは「法律上の配偶者」だけ という点です。
- 戸籍上の婚姻手続きがない内縁・事実婚のパートナーには、遺留分は認められません。
富裕層の方で、
「もう10年以上一緒に暮らしているし、実質的には夫婦だ」
というケースは多いのですが、
戸籍上の婚姻がなければ、相続や遺留分の場面で“他人”として扱われる ことになります。
富裕層特有の論点:自宅・自社株・収益不動産・保険
自宅不動産と「配偶者の居住」をどう確保するか
自宅については、2020年に施行された「配偶者居住権」 も、選択肢の一つになります。
- 所有権は子どもなど他の相続人が取得
- 配偶者は「無償で住み続ける権利(配偶者居住権)」を取得
という形で、配偶者の住まいの安定と、他の相続人の資産取得を両立 させるイメージです。
一方で、「配偶者居住権」の評価や登記、将来の売却・担保設定など、
実務はやや複雑 なので、安易に使うと逆に扱いにくくなるケースもあります。
自社株・オーナー会社の持分と配偶者
オーナー会社の場合、
- 経営権(議決権)を誰が持つか
- 配偶者の生活保障をどう担保するか
を切り分けて考える必要があります。
たとえば、
- 自社株は後継者に集中させる
- その代わり、配偶者には
- 十分な金融資産
- 収益不動産
- 生命保険金
など、キャッシュフローを生む資産 を重点的に残すことで、
「遺留分請求に訴えなくても生活が維持できる状態」を作ることも可能です。
収益不動産・共同名義不動産が多い場合
富裕層では、
- 賃貸マンション・テナントビル
- 海外不動産
- 共有名義の別荘
など、「評価は高いがすぐに現金化しづらい資産」が多くなる傾向があります。
配偶者が遺留分を請求しても、支払う側に現金が不足している 場合、
- 不動産の一部を売却する
- 持分を移転する(代物弁済)
- 期限を区切って分割払いにする
など、複合的な解決策を検討せざるを得ません。
生命保険・退職金と配偶者の生活保障
- 生命保険金(受取人=配偶者)
- 退職金・弔慰金
などは、配偶者の生活を支えるための重要な“別枠” となることが多いです。
もっとも、生命保険金が遺留分計算上どう扱われるかは、
契約者・被保険者・受取人の関係や保険金の規模によって実務的な取り扱いが変わり得ます。
(特別受益として取り扱うかどうか等)
【配偶者側】遺留分請求を検討するときのチェックポイント
Step1:自分が相続人としてどの位置にいるかを確認する
まず、
- 他にどんな相続人がいるか
- 子ども(前妻の子を含む)
- 直系尊属(親)
- 兄弟姉妹 など
- 自分の法定相続分・遺留分のおおよその割合
を確認します。
ここを誤解していると、「そもそも遺留分を主張できない」相手に対して
時間とコストをかけてしまうことにもなりかねません。
Step2:遺産の全体像と、生前贈与を含めた「土台」を把握する
- 不動産(自宅・投資用)
- 自社株・未公開株
- 上場株式・投資信託
- 預貯金・金融商品
- 生命保険
- 生前贈与・名義預金
などを、できる範囲で一覧化 します。
遺留分計算では、
相続開始前10年以内の一定の生前贈与 が基礎財産に算入されるなど、改正民法でルールが整理されています。
Step3:自分にとって必要な「生活保障ライン」を考える
- 月々の生活費
- 持ち家の維持費・固定資産税
- 医療費・介護費の見込み
- 万が一のリフォーム・引越しコスト
などを踏まえ、
「今後の人生で、最低いくら必要か」 を逆算しておくと、
- 遺留分請求でどの程度主張すべきか
- どこで妥協すべきか
の判断軸がクリアになります。
Step4:遺留分侵害額請求の流れと期限のイメージ
現行法では、
- 相続開始と、遺留分を侵害する贈与・遺贈を知ったときから1年
- 相続開始から10年が経過すると、原則として権利行使ができなくなる
という期間制限があります(消滅時効+除斥期間)。
「時間が経てば落ち着くだろう」
と放置していると、気づいたときには請求できない状況 になりかねません。
少なくとも「1年」という目安は、強く意識しておく必要があります。
【他の相続人側】配偶者から遺留分を請求されたときの対応
まず確認すべき「3つの事実」
配偶者から遺留分を請求されたら、
感情的に反応する前に、次の3点を冷静に整理します。
- 誰が相続人か
- 配偶者・子・直系尊属・兄弟姉妹 など
- 遺産の総額と構成
- 不動産・自社株・預貯金・保険など
- 遺言・生前贈与の有無と内容
ここが曖昧なまま交渉を始めると、
「そもそも計算の前提が違っていた」という事態になりやすくなります。
事業・自宅・収益資産を守りながら配偶者に配慮する視点
遺留分侵害額請求は原則「金銭請求」ですが、
- 一括で支払う
- 分割払いを交渉する
- 不動産や株式による代物弁済を検討する
など、実務上は複数の選択肢があります。
特に、自社株やコア不動産を安易に売却してしまうと、
一族全体の長期的な富の源泉を失う ことにもつながりかねません。
感情の対立を深めないためのコミュニケーションの工夫
- まずは「配偶者の生活への不安」を丁寧に聞く
- 法律論(遺留分計算)と感情論(これまでの関係)を切り分けて話す
- 早い段階で第三者(弁護士)を間に入れる
といった工夫によって、
“争族”の深刻化を防ぎつつ、現実的な落としどころを探りやすくなります。
再婚・別居・高齢婚など「こじれやすい」配偶者事案の注意点
前妻の子と後妻(現配偶者)が対立するケース
- 前妻の子どもたちから見ると、
「父の財産は“自分たちのもの”という感覚」 - 後妻から見ると、
「晩年を支えたのは自分なのに、ほとんど財産をもらえない」
という“認知のズレ”が大きく、
遺留分請求をきっかけに感情的対立が先鋭化しやすい領域です。
ここでは、
- 自宅・生活費の確保
- 事業・資産防衛
- 親族関係
の どこを優先するのか を、
被相続人が生前から明確に言葉にしておくかどうかで、
紛争の激しさが大きく変わります。
別居中・離婚協議中に死亡した場合
- 法律上はまだ離婚していない配偶者
⇒ 遺留分権利者になる - 子どもや親族から見ると
⇒ 「実質的にはもう家族ではない」
というギャップが生じます。
このような事案では、
法律上の整理と、当事者の感情 が大きく食い違うため、
一人で判断せず、早期に専門家の関与が必要です。
高齢婚・介護を担っていた配偶者のケース
- 晩年の介護を担ってきた配偶者
- 介護にほとんど関わっていない子ども・兄弟姉妹
という構図もよく見られます。
配偶者の側は、
「これだけ介護をしてきたのだから、遺産でも報われたい」
と感じる一方、
他の相続人はそれを十分に理解していない、というケースが典型です。
介護負担そのものは遺留分計算に直接反映されませんが、
解決金の水準や分割方法を決める際の重要な事情 として評価され得ます。
将来の紛争を避けるための「生前設計」のポイント
ここからは、「被相続人側(資産家側)」が生前にできる対策 です。
遺言で配偶者の遺留分をどう織り込むか
- まず「配偶者にどの程度の生活保障を約束したいか」を決める
- そのうえで、自社株や事業用資産を後継者に集中させるかどうかを設計する
という順番で考えると、
「遺留分請求ありき」の発想から脱することができます。
また、遺言の付言事項 で、
- 配偶者への感謝
- 子どもたちへのメッセージ
- 遺産分けの理由・背景
を書き残しておくことは、
配偶者と子どもたち双方の感情を和らげる効果 が期待できます。
自宅・生活資金を守るための仕組みづくり
- 自宅の名義をどうするか(単独名義/共有/配偶者居住権)
- 生活費をどの資産から捻出させるか
- 預貯金
- 配当・賃料収入
- 生命保険金
などを、キャッシュフロー表ベースで設計 しておくと、
配偶者が遺留分請求をしなくても済むケースが増えます。
信託・生命保険・贈与を組み合わせた設計
- 家族信託・遺言信託で、
「配偶者の生活保障 → のちに子へ承継」という流れを設計 - 生命保険を「配偶者の生活保障原資」として位置づける
- 場合によっては、生前贈与で配偶者の資産基盤を厚くしておく
といった 複数のツールの組み合わせ によって、
遺留分請求をめぐる対立の“火種”を事前に減らすことができます。
「家族会議」と第三者専門家の関わり方
- 被相続人が元気なうちに、家族で「大枠の方針」を共有する
- 弁護士・税理士・財産管理会社など、第3者を交えて話をする
ことで、
「亡くなってから初めて遺言を見て、大きなショックを受けた」
という状況を避けることができます。
弁護士に相談すべきタイミングと、準備しておきたい情報
早めに相談した方がよいサイン
次のような状況に一つでも当てはまれば、
早期に弁護士へ相談する価値が高い といえます。
- 配偶者・他の相続人から、「遺留分」という言葉が具体的に出ている
- 弁護士名義の内容証明郵便が届いた
- 相続人同士の直接の会話が成り立たなくなっている
- 資産構成が複雑で、自分たちだけでは計算の前提すら整理できない
相談前に整理しておきたい資料リスト
- 家族関係図
(前妻・現配偶者・子・孫の関係がわかる簡単な図) - 遺言書の有無・種類・内容(写し)
- 財産目録(概算でもよいので一覧表)
- 生前贈与・資金援助の履歴(時期・金額・対象者)
- 関係者とのメール・LINE・メモなど
(トラブルの経緯がわかるもの)
最低限これらがあると、
初回相談の段階で、かなり踏み込んだ検討が可能 になります。
まとめ──「配偶者の遺留分請求」は、生活保障と一族全体の将来像から逆算する
- 配偶者の遺留分は、
「残された人生の生活基盤」を守るための最低ライン として機能します。 - 一方で、他の相続人(特に後継者)にとっては、
事業・自宅・中核資産を守りつつ、どこまで譲れるか という難しい判断を迫られる局面でもあります。 - 富裕層ほど、資産の内容が複雑で、感情面の対立も深くなりがちです。
だからこそ、
- 被相続人が生前に
「配偶者の生活をどう守るか」を明確に設計すること - 紛争が顕在化したときには、
早期に専門家を交えて、法的・税務的・感情面をトータルで調整すること
が、一族全体の“争族リスク”を最小化する鍵 になります。


