遺言書の作り方と「遺留分」を踏まえた設計のコツ

この記事は、「遺産総額3億円以上」クラスの資産家・オーナー経営者の方を念頭に、「遺言書」と「遺留分」の関係を踏まえながら、どのように遺言を設計すべきかを整理したものです。 富裕層の相続では、遺言は単なる「最期のメッセージ」ではなく、税金・争族リスク・一族の資産戦略をコントロールする中核ツールになります。 ここでは法律用語をできるだけかみ砕きつつ、実務で押さえるべきポイントを解説します。 ※本記事は一般的な情報提供であり、具体的な案件については弁護士・税理士等の専門家にご相談ください。
3億円以上の資産家にとって、遺言書が「必須」になっている理由
富裕層相続は「遺言があるのが普通」という前提で動いている
相続財産が3億円を超えてくると、もはや「遺言を書こうかどうか迷う」段階ではなく、 「遺言があることを前提に、どう設計するか」がテーマになります。
- 不動産・自社株・金融資産が複雑に入り組んでいる
- 相続税・二次相続のインパクトが大きい
- 前妻の子ども・再婚相手・事業後継者など、利害関係者が多い
こうした状況で遺言がないと、相続人同士が「ゼロから話し合いをしなければならない」状態になり、 仲の良いご家庭であっても心理的負担は非常に大きくなります。
一方、遺言がきちんと用意されていれば、
- 大枠の方針・分け方の方向性が示されている
- 税金や納税資金の見通しを立てやすい
- 「なぜこのように分けたのか」というメッセージも残せる
ため、相続人のストレスや争いの芽を大きく減らすことができます。
遺産分割協議書だけではカバーしきれない領域がある
前の記事で取り上げたように、遺産分割協議書は相続人同士の合意を書面にしたものです。 ただし協議書だけでは、次のような点はカバーしきれません。
- 「誰を後継者にするか」「誰に経営権を託すか」という意思表示
- 特定の相続人に対する配慮や感謝の気持ち
- 再婚・前妻の子との関係など、微妙なバランスの取り方
これらは、相続人同士で話し合うよりも、被相続人(ご本人)が遺言で方針を示しておく方が、はるかに納得感を得やすい領域です。
「遺言+遺産分割協議書+生前対策」の三位一体で考える
富裕層相続では、次の3つをセットで設計するイメージが現実的です。
- ① 遺言書:大枠の方針・理念・分け方の方向性を示す
- ② 遺産分割協議書:具体的な物件・金額への落とし込み
- ③ 生前対策:生前贈与・保険・信託などで事前に形を整える
この記事ではこのうち①の「遺言」にフォーカスしながら、特に誤解の多い「遺留分」との関係を解説していきます。
遺言書を作る前に整理しておきたい3つのポイント
① 法定相続人とその関係性を整理する
最初のステップは、「誰が法定相続人になるのか」を正確に整理することです。
- 配偶者
- 子ども(前婚の子・認知した子を含む)
- 子どもがいない場合の両親・兄弟姉妹 など
特に富裕層では、
- 前妻との間の子
- 再婚相手の連れ子
- 内縁関係の相手
など、法的な位置づけが複雑なケースも少なくありません。 「遺留分が発生する人は誰か?」にも関わるため、ここを曖昧にしたまま遺言を書くことは避けるべきです。
② 資産の全体像(相続税評価ベース)を把握する
富裕層の遺言では、「どれくらいの金額を、誰に、どう配分するか」が大きなテーマになります。 そのため、
- 不動産(自宅・賃貸・事業用)
- 自社株・未上場株
- 預貯金・上場株・投資信託・外貨
- 保険(死亡保険金・個人年金など)
- 負債・保証債務
といった資産・負債を、相続税評価ベースでざっくり把握しておくと、遺言の設計が現実的になります。 「遺留分をどの程度侵害しうるのか」という判断にも直結します。
③ 自分の価値観・優先順位を言語化しておく
最後に、次のような問いに対する自分なりの答えを整理しておくと、遺言の内容がブレにくくなります。
- 配偶者の生活をどの程度優先したいか
- 事業を誰に継がせたいか、そのために必要な持株比率はどれくらいか
- 子どもたちのライフプラン(仕事・家族構成)をどう見ているか
- 将来、孫世代までの資産承継を意識するかどうか
これらは、遺言書の「付言事項」や別途レターとして残しておくことで、 遺留分に関する不満や誤解を和らげる効果も期待できます。
遺言書の種類と、富裕層が選ぶべき形式
自筆証書遺言・公正証書遺言の違い
代表的な遺言の形式は、主に次の2つです。
- 自筆証書遺言:ご本人が自筆で作成する遺言
- 公正証書遺言:公証人が関与し、公証役場で作成する遺言
自筆証書遺言は費用がかからない反面、
- 形式不備で無効になるリスク
- 紛失・改ざん・隠匿のリスク
があります。 富裕層相続では、遺言内容が数千万円〜数億円単位の影響を持つことが多いため、 原則として公正証書遺言を選ぶのが実務的には安全です。
自筆証書遺言保管制度の位置づけ
自筆証書遺言を法務局で保管できる制度もありますが、
- 「形式面」の安全性は高まるものの
- 「内容の妥当性」や「遺留分への配慮」までは保証されない
という点には注意が必要です。 内容が高度に専門的になる富裕層相続では、法務局保管+専門家のチェックを組み合わせることをおすすめします。
【本題】遺言と遺留分の関係を正しく理解する
遺留分とは何か(誰に、どのくらいの割合か)
遺留分(いりゅうぶん)とは、
- 一定の法定相続人に
- 法律上、最低限保障される「取り分」
のことです。 ざっくり言うと、
- 配偶者や子どもには遺留分がある
- 兄弟姉妹には遺留分がない
というイメージで捉えておくと良いでしょう。
遺言があっても「遺留分」は消えない
ここが非常に重要なポイントですが、
- 遺言で「全財産を長男に相続させる」と書いても
- 遺留分を持つ相続人(配偶者・他の子など)が
「遺留分を侵害された」と主張すれば、一定の金銭請求が認められる可能性があるということです。 つまり、
- 遺言=自由に全てを決められる魔法の紙
ではなく、「遺留分」という法律上の下限を踏まえたうえで、どこまで設計できるかという発想が必要になります。
どこまで自由に相続先を指定できるのか
とはいえ、遺留分があるからといって、 「結局、法定相続分どおりにしか分けられないのか」というと、そうではありません。
- 遺留分を侵害しない範囲であれば、かなり自由に配分を決められる
- 侵害していたとしても、相続人全員が合意すれば、そのとおりに分けることも可能
- 実務上は、後述する「代償金」「保険」「生前贈与」などと組み合わせて調整する
つまり、「遺留分があるから遺言を書いても無駄」ではなく、 「遺留分を理解しているからこそ、遺言をうまく使える」というのが本当の姿です。
富裕層で遺留分トラブルが起きやすい典型パターン
実務上、富裕層で遺留分が問題になりやすいケースには、次のようなパターンがあります。
- 事業承継型:後継者である子に自社株・事業用資産を集中させた結果、他の子が「不公平だ」と感じる
- 再婚型:現配偶者と前妻の子の間で、偏った遺言が原因で対立する
- 偏愛型:特定の子ども(同居・介護等)に多く残したいが、説明不足で誤解される
これらは、 「遺言の内容 × 遺留分 × コミュニケーション不足」が組み合わさることで紛争化しやすくなります。 逆に言えば、遺言の設計段階でこれらを意識しておけば、トラブルの多くは予防可能です。
富裕層が遺言書で押さえたい具体的な設計ポイント
不動産:共有を避け、「誰が管理するか」をはっきりさせる
自宅・賃貸マンション・事業用不動産などについては、
- 誰がそこに住み続けるのか
- 誰が賃貸経営・管理の責任を負うのか
を明確にしたうえで、できるだけ単独所有に近づける設計が望ましいです。 遺言の段階で、
- 自宅は配偶者に相続させる
- 収益物件は後継者+他の相続人のバランスを見ながら配分
など、大枠を示しておくと、遺産分割協議書での調整がスムーズになります。
自社株・事業用資産:議決権と経済的価値を分けて考える
オーナー会社の株式は、
- 議決権:会社の意思決定権
- 経済的価値:将来の配当や売却代金
という2つの側面を持っています。 遺言で重要なのは、
- 誰に経営権(議決権)を集中させるか
- 経営に参加しない相続人には、どのような形でバランスを取るか
を整理することです。 ここで遺留分との関係も意識しながら、代償金や保険などと組み合わせて設計していくことになります。
予備条項・代替条項を入れておく
富裕層相続では、
- 相続人のうち誰かがご本人より先に亡くなる
- 健康状態や家族状況が変わる
といったことも十分あり得ます。 そのため遺言には、
- 「もしAが先に亡くなっていた場合は、Bに相続させる」
- 「この不動産を売却した場合には、売却代金を…のように分ける」
といった予備条項・代替条項を入れておくと、実務で使いやすい遺言になります。
付言事項で「想い」と「理由」を補足する
遺言の本文は法的な効力を持ちますが、 「付言事項」として、次のようなメッセージを添えることもできます。
- なぜこのような分け方にしたのか
- 誰にどのような期待をしているのか
- 遺留分に関する考え方(可能な範囲でのお願い)
付言事項自体には法的拘束力はありませんが、 遺留分を巡る感情的対立を和らげるうえで、大きな役割を果たすことがあります。
ケースで見る:3〜10億クラスの遺言設計イメージ
ケース1:3億円台・不動産+金融資産中心のご家庭
構成イメージ:
- 自宅:1億円
- 賃貸マンション:1億円
- 金融資産:1億円
遺言のイメージ:
- 自宅は配偶者に単独相続させる
- 賃貸マンションは長男に集中させるが、その代わり次男には金融資産を厚めに配分
- 納税資金として、金融資産の一部を「相続税の支払いに充てる」旨を付言事項で明記
ケース2:10億円規模・オーナー会社+事業用不動産のご家庭
構成イメージ:
- 自社株:数億円規模(相続税評価)
- 事業用不動産:数億円
- その他不動産・金融資産:数億円
遺言のイメージ:
- 後継者である長男に、自社株と事業用不動産を集中させる
- 非後継者の子どもには、賃貸不動産・金融資産・保険金などでバランスを取る
- 遺留分との関係を踏まえ、代償金の支払い方法(期限・分割・利息など)の基本方針を遺言に盛り込む
遺言書作成のプロセス:誰に相談し、どう進めるか
最初の相談先として、法律事務所が向いている理由
富裕層の遺言では、
- 家族構成が複雑
- 事業承継と絡む
- 今すでに紛争の火種がある
といったケースが少なくありません。 そのため、最初の相談先としては、
- 法律関係・紛争予防に強い弁護士
のいる法律事務所が向いているケースが多くなります。 そのうえで、必要に応じて税理士・公証人・信託銀行などと連携していくイメージです。
公正証書遺言までの具体的な流れ
- 法律事務所に現状の整理(家族構成・資産・ご希望)を相談
- 粗いドラフトプランを作成し、遺留分・税務・事業承継などの観点からブラッシュアップ
- 公証役場と日程調整・必要資料の準備
- 公証役場で公正証書遺言を作成
- その後、必要に応じて生前贈与・保険・信託等と組み合わせて全体設計を調整
【チェックリスト】今のうちに確認しておきたい10のポイント
遺言と遺留分を踏まえた設計ができているか
次の項目のうち、いくつ「はい」と言えるか、チェックしてみてください。
- 法定相続人(誰に遺留分があるか)を把握している
- 不動産・自社株・金融資産のおおよその相続税評価を把握している
- 誰を事業後継者とするか、家族内でのイメージがある
- 配偶者の老後資金を最優先するかどうか、考えが明確だ
- 既に何らかの遺言を書いたことがある、またはドラフトがある
- その遺言が遺留分にどう影響するか、概ね理解している
- 「特定の子に多く残したい理由」を言語化できている
- 事業承継と相続税対策を同時に検討したことがある
- 将来、二次相続(配偶者の相続)まで視野に入れている
- 信頼できる相談先(法律事務所・税理士など)がある
「いいえ」が多いほど、今から整えておくべき余地が大きいと言えます。
まとめ:遺言は「遺留分と争族」を見据えた資産設計ツール
この記事の要点
- 3億円以上の資産家にとって、遺言は「あるのが普通」の時代
- 遺言は「遺留分」との関係を踏まえて設計することで、本来の力を発揮する
- 不動産・自社株・金融資産・納税資金・事業承継を一体として考えることが重要
まず踏み出すべき一歩
いきなり完璧な遺言を作る必要はありません。 まずは、
- 家族構成・資産の全体像を整理する
- 「自分は本当はどうしたいのか」を言葉にしてみる
- そのうえで、専門家にラフな段階から相談する
という一歩を踏み出すことが、将来の相続トラブルと税負担を大きく減らすことにつながります。

